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本の紹介 其の四十二『アッシリア語入門(現代アラム語)』

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No.66『アッシリア語入門(現代アラム語)』
   著者:佐藤信夫、飯島紀 
   出版社:泰流社
   価格:9,000円(本体8,738円+税)
   発行年月:1993年8月22日
   ISBN:4812100356
   購入場所:東京・神保町
   購入時期:不明
   備考:絶版

  BC612年、高度な文明を誇った古代アッシリア帝国は、バビロニアの地に興った新バビロニア帝国とイラン北西部に興ったメディア王国との連合軍により首都ニネヴェを攻略され、BC609年には世界史から完全に葬り去られました。
 しかし、アッシリア帝国の住民たちまでがすべて滅亡することはありませんでした。祖国を失った彼らは亡国の民としてかつてのアッシリア帝国の版図の中で生き続け、近代国家の国境線によって各地に離散を強いられた現代でも、アッシリアの末裔としてのアイデンティティと独自の文化を保ちながら生活しています。
 現代アッシリア人は、イラクやシリアなど中近東を中心に150~200万人ほど住んでいると言われ、その他イランやトルコ、レバノン、コーカサス地域などでも少数の人たちが生活しています。また、ヨーロッパやアメリカなどにも移民として渡っており、特にアメリカのシカゴ周辺には多くのアッシリア人が住んでいます。つい最近までは世界アッシリア人協会という組織の本部がシカゴにありました。現在はイランの首都テヘランに場所を移しています(
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 一般的にアッシリア語あるいはアラム語という言語は歴史上の言語、つまり古語というイメージがあると思います。しかし、現在もこの言語は生きたことばとしてその生命を脈々と受け継いでいます。
 現代の
アッシリア語アラム語の一種であり、これはアフロ・アジア語族、セム語派、北西セム語群に属しています。現代アッシリア語は、現代アラム語という言い方もされるので、この先は現代アラム語という呼称で話を進めます。
 因みに、
古代のアッシリア語アッカド語のことを指すのが一般的と考えられています。このアッカド語は東セム語群に属した言語ですが、古代ともに共存していたシュメール人のシュメール語(系統不明)からの影響を受けて、他のセム語とは異なる文法構造を示していました。アラム語の語順はアラビア語のようにVSO、または現代の英語のようにSVOですが、アッカド語ではシュメール語と同じSOVとなっています。このようなわけで、人類学的には現在のアッシリア人と古代のアッシリア人に血脈的な繋がりがあるかどうかは不明というほかありません。 

現代アラム語は、大別して4つの大きなグループに分けられます。
 ①
現代中央アラム語
 トルコ南東部、トゥ-ル・アブディーン地方、マルディン市のミドヤトという町を中心に生活する、東方キリスト教会単性論ヤコブ派(シリア正教会)の人たちの母語です。欧米や南インドなどにも移住者がいます。宗教、文化に対する一体感から、自らをシリア人と意識している人々なので、言語の自称は
シリア語です。正確な話者数は把握さていませんが、トルコ国内でおよそ2千人前後と言われています。
 因みに、単性論派とは「キリストの人性は、その神性に吸収される」という立場をとる人たちのことだそうですが、難しい・・・。

 現代西アラム語
 レバノンとシリアの国境を形成するアンチ・レバノン山脈中の3か村、マアルーラ(ダマスカスの北42km)、バフア(マアルーラの北7km)、ジュッブ・アディーン(マアルーラの西5km)で使用される3方言を総称して
現代西アラム語と呼んでいます。その来源問題は、これらの言語を使用する人たちの歴史や宗教と複雑に絡み合い、ほとんど手付かずのままになっています。現代中央アラム語の話者同様に、こちらも言語の自称はシリア語です。1936年に行われた調査では、現代西アラム語の話者数は3,799人とのことでしたが、その後の話者数の増減に関しては詳しい調査がなされていません。1971年夏に行われた方言調査ではまだ話者が存在していたため、この時点では現代西アラム語は死滅していなかったということになります。

現代東アラム語
 いわゆるクルディスタン山岳地帯とその周辺で、ネストリウス派東方キリスト教(アッシリア東方教会)徒の後裔と、この地域に離散したユダヤ人が母語として使用しています。この言語は更に4つに下位区分できます。上記の地域の他では、旧ソ連のコーカサス地方の国々、グルジア、アルメニア、アゼルバイジャンにも話者がおり、この
『アッシリア語入門(現代アラム語)』で扱われているのは、アルメニアおよびグルジアの現代東アラム語です。現代東アラム語の正確な話者数も信用に足るデータがありませんが、1989年に行われた旧ソ連での人口調査では、旧ソ連国内で約26,000人のアッシリア人がいたとされています。ただし、この人たちがすべて現代東アラム語の話者であった可能性は低いでしょう。この言語の自称は、古代アッシリア帝国にそのルーツを求める人々はアッシリア語、古代の新バビロニア帝国(カルダヤ)にルーツを求める人々の間ではカルダヤ語と呼ばれています。アルメニアやグルジアに住む人たちは自らのルーツを古代アッシリア帝国に求めるので、自称をアッシリア人、言語の自称もアッシリア語としています。 

現代マンダ語
 
現代マンダ語は、イランとイラクの国境地帯、メソポタミアの下流域でマンダ教を信じる少数民族のマンダ人が用いる現代アラム語です。マンダ教では、光の世界(魂)と闇の世界(肉体)の対立は、manda によって肉体より救済された魂が光の世界へ入ることで解決されると説きます。キリスト教の分枝ではなく、典型的なグノーシス主義ですが、キリストの先達である洗礼者ヨハネを指導者としています。マンダ教徒の数はイラン側で約15,000人、イラク側で約12,000人(共に1962年)となっていますが、現代マンダ語の話者数は不明です。

 この『アッシリア語入門(現代アラム語)』は、いつ頃、どこで購入したのかよく覚えていません。神保町であることは間違いありません。靖国通りや白山通り沿いの古書店の店先には、しばしば安価で泰流社の本が置かれています。今、持っている泰流社の本はほぼすべてそういった店で購入したものです。この本も恐らく850円程度だったと思います。
 残念ながら、この本で
現代東アラム語を習得することはできません。詳しい音韻の解説や文法の説明などはなく、簡単に文法のあらましが書かれているだけです。こういったスタイルの本の場合は『入門』とすると利用者に誤解を与えやすいので、できれば『概説』などと書名に工夫が欲しいところです。しかし、この本の意義は、これまで一部の人たちにしか知られていなかった現代アッシリア語(現代アラム語)の存在を世に知らしめたという点にあるかと思います。そのような性格上、取りあえずはこの言語の特徴的な点だけでも記録に残しておくということのほうが優先されるべきものだったのかも知れません。アルメニアやグルジアにおける現代東アラム語の現状を伝えるコラムが巻末にあり、興味深い資料となっています。
 
『アッシリア語入門(現代アラム語)』の著者の一人である佐藤信夫氏は、ソビエト科学アカデミーの「アルメニア学国際シンポジウム」に日本代表として参加されるなど、日本におけるアルメニアをはじめとするコーカサス地域研究の第一人者です。やはり泰流社から『アルメニア語文法』『古典アルメニア語文法』『グルジア語文法』を出しています。
 泰流社の本はすべて絶版で一般書店での入手は不可能ですが、国際語学社からは泰流社の本の一部が復刻されています。先に挙げた
『アルメニア語文法』『グルジア語文法』と共にこの『アッシリア語入門(現代アラム語)』もまったく同じ内容、しかも泰流社時代よりも安価で販売されています。

 最後に、アルメニアにおけるアッシリア人と現代アッシリア語の現状を伝える面白い記事を発見したので、興味のある方はこちらを覗いてみてください。

古代の歴史ロマン10 ネオ・アッシリア語入門(ネオ・アラム語) Book 古代の歴史ロマン10 ネオ・アッシリア語入門(ネオ・アラム語)

著者:佐藤 信夫,飯島 紀
販売元:国際語学社
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