本の紹介 其の八十七『これが九州方言の底力!』
No.119『これが九州方言の底力!』
編者:九州方言研究会
出版社:大修館書店
価格:1,365円(本体1,300円+税)
発行年月:2009年5月10日
ISBN:9784469222005
購入場所:東京・丸の内/丸善丸の内本店
購入時期:2009年6月
備考:2009年6月10日(第2刷)
九州方言と言われて思いつくことばと言ったら何でしょうか。九州以外の地方に住む人にとっては、「~バイ」や「~タイ」といった独特の終助詞。「良い」などの形容詞が「良カ」といったカ語尾に終わること。「けれども」を表す「バッテン」も有名ですね。ただ、それぞれのことばが九州のどの辺りの方言なのか、と聞かれたら的確に答えるのは難しいかも知れません。ひとくちに九州と言っても7県があり、ひとつの県の中でも方言分布はけっこう複雑なのです。
日本の本土方言を大きく3つに分けた場合、一般的には本州東部方言、本州西部方言、九州方言とされます(この分け方は、1953年の東条操氏によるものですが、平山輝男氏のように、八丈島方言を本州東部方言から独立させて4分類する考え方もあります)。
さらに九州方言は以下の3つに分類できます。
①福岡県東部・大分県北部(旧豊前国)、大分県中南部(旧豊後国)、都城周辺を除いた宮崎県の大部分(旧日向国北中部)で話される豊日(ほうにち)方言
②福岡県西部(旧筑前国・筑後国)、佐賀県と壱岐・対馬を含む長崎県(旧肥前国)、熊本県(旧肥後国)、また大分県日田市周辺は旧国名で言うと豊後にあたりますが、これを含めた以上の地域で話されるのが肥筑(ひちく)方言
③鹿児島県全域(旧薩摩国、大隈国)で話される薩隅(さつぐう)方言があります。なお、宮崎県南西部の諸県地方で使用される諸県(もろかた)方言は、歴史的に薩隅文化圏の中の一方言であるため、これを含めて薩隅・諸県方言と呼ぶこともあります。
これらのうち、豊日方言は、その使用域が九州東北部の工業都市を含み、瀬戸内海交通の影響によるものか、九州方言的な特徴があまり目立たず、中国方言などとの共通点が多い方言です。
連母音の融合も盛んに行われ、例えば、「赤い」は「アケー[ ai > e: ]」、「白い」は「シリー[ oi > i : ]」のようになります。この連母音の融合は、他の九州方言にも見られる特徴で、本州東部方言や中国方言とも共通する特徴です。
また、国語史上で言われる開合の別が残っているのも特色のひとつでしょう。豊日方言では、アウ [ au ] とオウ [ ou ] との区別が、それぞれオー [ o: ] とウー [ u: ] の形で残されています。例えば、「買う」はコー [ ko: ] 、「追う」は ウー[ u: ] のように言います。これは恐らく、 [ au > ɔ: > o: ] 、[ ou > o: > u: ] のような変遷を辿ってきたものと考えられます(参考:
本の紹介 其の八十四『出雲弁検定教科書』)。
豊日方言のアクセントは、旧豊前・豊後の地域を中心として、ほぼ東京式アクセントに準じたものが行われています。大分方言の二拍名詞のアクセントを例に図示すると次のようになります。○は低い拍、●は高い拍、△▲は助詞(「が」や「は」など)が付いた形で、それぞれ低い拍、高い拍となります。また[ ]で示したものは共通語のアクセントです。
第一類(鼻・飴・・・) ○●・○●▲ [○●・○●▲]
第二類(橋・音・・・) ○●・○●▲ [○●・○●△]
第三類(花・山・・・) ○●・○●△ [○●・○●△]
第四類(箸・笠・・・) ●○・●○△ [●○・●○△]
第語類(雨・猿・・・) ●○・●○△ [●○・●○△]
このように二拍名詞を例にすると、大分方言と共通語のアクセント体系はよく似ていると言えます。異なる点は、共通語では第二類名詞と第三類名詞が統合していますが、大分方言では第一類名詞と第二類名詞が統合して、ともに平板型になっています。すなわち、両者で異なるのは第二類名詞のアクセントだけと言うことです。この大分方言のアクセント体系のように、第一・二類名詞が統合して平板化するのは、出雲方言や奥羽方言の大部分とも共通する点です。
なお、同じ豊日方言でも、日向方言(宮崎方言)では、これらの区別が崩れて、型知覚を失った崩壊アクセントになっています。
文法面でも豊日方言にはいくつかの興味深い点が指摘されています。九州方言全体について、「建つる」のような下二段活用の名残が広い地域で保存されていることは有名ですが、豊日方言の大部分では、「起くる」のような上二段活用や「死ぬる」のようなナ行変格活用も保存されています。また、旧豊前にあたる地域では、「食うコソ良ケレ・・・」のような係り結びの法則も広い範囲で保存されており、これは本州西部方言の富山や徳島の方言などと似ています。
「~しに行く」を「~しゲー行く」といった言い方も、旧豊前・豊後地域の方言では聞かれます。
また九州の方言に特徴的とされる形容詞のカ語尾は、豊日方言ではほとんど聞かれません。語彙の面では、中国方言と共通のものも多く見られますが、地理的に近い四国方言とも共通するものが多く見られます。
肥筑方言は、その使用域北部が、工業都市である豊日方言使用域と連なり、豊日方言同様に中国方言に近い面を示している反面、中・南部では、形容詞のカ語尾、「けれども」を表す「バッテン」、「バイ」や「タイ」といった終助詞の使用といった、一般によく知られた九州方言を代表するような特徴を備えている方言といえます。この方言の使用域には、長崎県の五島列島、平戸、天草、壱岐、対馬といった島々も含まれ、九州方言の総合デパートとも言われる熊本方言や、「長崎ばってん江戸べらぼう」の長崎方言など、個性的な方言を多く抱えているため、その様相はかなり複雑になっています。
肥筑方言のアクセント体系については、次に挙げる薩隅方言と共通する点が多いので、そちらで触れることにします。
肥筑方言の文法面では、進行・継続態と結果態にそれぞれヨル・チョル(トル)が用いられ、「雨ノ(ン)降りヨル」(今まさに雨が降っている)、「雨ノ(ン)降っチョル」(地面が濡れていることなどから、雨が降っていた)といったアスペクトの区別が見られます。否定表現には読まンヂャッタ・読まンダッタ・読ま(ン)ザッタなどが用いられます。推量表現には、古語の「らむ」に由来するローや、「つらむ」に由来するツローなどが使われます。
また、主格の助詞「が」に、「ノ」やそれが転化した「ン」を用いたり、「~のようだ」を「~ンゴタル」という表現で「花ンゴタル」(花のようだ)といった言い方もします。なお、旧筑前の高齢層では、「花ノゴトアル」のように原型に近い形で表現する場合もあります。目的格を示す助詞「を」には、奥羽方言と通じる「バ」を使用したり、「遊びに行く」の「に」にあたる助詞に、ガイ・ギャ・ゲなどを用いて「遊びゲ(ギャ)行く」のように表現するのも肥筑方言の特色です。
最後の薩隅(・諸県)方言は、鹿児島県の薩摩地方、大隈地方に、属島の甑(こしき)島、屋久島、種子島、トカラ列島、さらに宮崎県のうち、西南部の都城市周辺、諸県地方を合わせた地域で使用されています。この薩隅方言は、九州方言の中でも最も特色ある方言で、日本全体の方言の中でも、東部方言の津軽方言とともによく引き合いに出されますが、それほどに珍しい特徴の多い方言と言えます。
母音の無声化と呼ばれる現象は、北海道の都市部、奥羽南部、関東、北陸、出雲地方などの方言に見られますが、九州方言でも、種子島、屋久島、甑島などは例外として、この現象は顕著に観察され、特に薩隅方言および肥筑方言の佐賀、五島列島の一部の方言では徹底した母音の無声化が起こります。
現代共通語を代表例として挙げると、イ [ i ] とウ [ ɯ ] の母音は、無声子音 [ k , ʃ , s , ʧ , ts , ç , ɸ , p ] に挟まれた環境に立つときと、語末の拍でアクセントの核がないキ・ク・シ・シュ・ス・チ・ツ・ヒ・フ・ピ・プとに無声化が多く起こります。つまり、本来は有声音であるはずの母音が、息によって声帯を振動させない無声音と同じように発音される現象のことです。
例:アシタ [ aʃi ta ](明日)、キク [ kikɯ ](菊)
~デス[-desɯ ](です)、アキ [ aki ](秋)
薩隅方言などに見られる母音の無声化は、母音の脱落化、あるいは促音化、撥音化とも呼べるものです。一般的には入声音化と呼ばれています。この方言に見られる入声音化とは、語末のイ [ i ] 、ウ [ u ] が脱落した結果、促音化して「柿」、「書く」などはすべてカッ [ kaт] 、「首」、「靴」、「口」、「釘」などはすべてクッ [ kuт] のように発音されます。この [ т ] は韓国語のパッチムや広東語、インドネシア語などに広く見られる破裂させない語末子音です。また、この入声音化した [ т ] の代わりに、声門閉鎖音 [ ʔ ] が [ kaʔ ](柿・書く)のように現れることもあります。いずれにしても、薩隅方言には日本語としては大変珍しいCVC(Cは子音音素、Vは母音音素)という音節構造があるということです。なお、この入声音 [ т ] は拍として独立することはなく、前の母音とひとまとまりになって一音節を形成します。
開合の別は、薩隅方言にも見られます。豊日方言では、アウ [ au ] とオウ [ ou ] との区別が、それぞれオー [ o: ] とウー [ u: ] の形で残されていますが、薩隅方言および諸県方言ではそれぞれオ [ o ] 、ウ[ u ] のように短く言うのが一般的です。従って、「買う」、「追う」はそれぞれコ [ ko ] 、ウ [ u ] のようになります。また、「多い」は「ウカ」と言いますが、これは豊日方言のようなオー・ウーを経て短い拍のオ・ウになったものと考えられます。
薩隅方言のアクセントは、前に出てきた肥筑方言のうち、熊本の海岸側、佐賀・長崎両県の約半分を占める地域と同じく、いわゆる二型アクセントと呼ばれるものです。鹿児島方言の二拍名詞を例に図示すると次のようになります。
第一類(鼻・飴・・・) ●○・○●△ [○●・○●▲]
第二類(橋・音・・・) ●○・○●△ [○●・○●△]
第三類(花・山・・・) ○●・○○▲ [○●・○●△]
第四類(箸・笠・・・) ○●・○○▲ [●○・●○△]
第五類(雨・猿・・・) ○●・○○▲ [●○・●○△]
鹿児島方言に見られる二型アクセントは、第三類名詞が第四類・第五類名詞と統合して、第一類・第二類名詞の型と対立しています。第一類・第二類名詞が大分方言などと同じように統合していることが、薩隅・肥筑および豊日方言間の近親性を示す根拠とも言えるもので、この二型アクセントは、東京式に準じた大分方言のような型から派生したものと考えられます。
薩隅方言の大部分と肥筑方言の過半域で行われている九州の二型アクセントというのは、ひとつの型にはアクセント節の後から二拍目にアクセントの核があり(A型)、もうひとつの型は最後の拍にアクセントの核が来る(B型)というもので、すべてのアクセント節はこのどちらかの型に当てはまります。これを鹿児島方言で見てみると次のようになります。
A型の例
2拍の例(鼻・日が・巻く・・・) ●○
3拍の例(田舎・鼻が・遊ぶ・・・) ○●○
4拍の例(七夕・田舎が・働く・・・) ○○●○
B型の例
2拍の例(花・火が・蒔く・・・) ○●
3拍の例(油・花が・余る・・・) ○○●
4拍の例(朝顔・油が・喜ぶ・・・) ○○○●
さらに、九州二型アクセントが行われるいくつかの方言について、二拍のアクセント節の型を図示してみると次のようになります。
第一・第二類名詞、第一類動詞、他
長崎 ●○ / 佐賀(南部) ●○
熊本(北部) ●○ / 鹿児島 ●○
第三・第四・第五類名詞、第二類動詞、他
長崎 ○● / 佐賀(南部) ○○
熊本(北部) ○○ / 鹿児島 ○●
九州では、この二型アクセントと大分などで行われている東京式アクセントとの間に挟まれた地域に帯状の崩壊アクセント地域があります。
その他、宮崎県の都城市周辺、鹿児島県の志布志を中心とする地域などでは、薩隅方言に近い諸県方言が話されています。この諸県方言のうち、えびの周辺では鹿児島同様の二型アクセントが行われ、北諸県郡と西諸県郡では日向方言と同じ崩壊アクセントになっています。都城周辺および志布志では、統合一型式アクセントと呼ばれるものが行われています。これは、型の対立は失われていても型知覚のあるもので、すべてのアクセント節が、最後の音節だけ高く発音されるものです。都城方言を例に取ると次のようになります。
飴 / 飴が ○● / ○○●
雨 / 雨が ○● / ○○●
桜 / 桜が ○○● / ○○○●
このアクセントを「尾高一型」と呼ぶことがあります。尾高一型も崩壊アクセント(無型アクセント)も「飴」と「雨」、「箸」と「橋」の区別がないという点から言えば同じですが、崩壊アクセント方言の話し手がアクセント型の意識をまったく持たないのに対し、尾高一型方言の話し手は最後の拍を高く発音するというアクセントの型意識を持っています。この点において両者は本質的に異なるものです。
この尾高一型は、先の鹿児島方言の二型のうち、A型のアクセント核が1音節分ずれてB型に統合して一型になったもので、このアクセントの型を統合一型式アクセントと呼んでいます。諸県方言以外では、長崎県五島列島の一部でもこの統合一型式アクセントが行われています。
また、福岡市を中心として東京式と二型式との中間のような曖昧アクセントも聞かれます。
この他に九州方言全体について言える特徴としては、連母音エイ [ ei ] が共通語などのようにエー [ e: ] とならず、エイ [ ei ] としっかり発音される。佐賀県の大半の地域、長崎県五島列島南部、大分県西北部の日田・玖珠、および南部の南海部郡の山間部、宮崎県の中部・南部、鹿児島県のほぼ全域では四つがなの区別がある。福岡県などの一部を除き、「火事・菓子・正月」などのカ・ガの部分をクヮ [ kwa ] ・ グヮ [ gwa ] と発音する。「先生」などのセをシェ [ ʃe ] のように発音する傾向などは広く九州方言に見られる特徴です。ただ、このような古音は若年層ではほとんど見られなくなりました。
また、九州方言では、語中・語末のガ行音が鼻音にならず、破裂音のガ [ ga ] 行音である地域が広く、この点では中国方言や雲伯方言と似ています。九州方言において鼻音の [ ŋ ] は、わずかに薩隅方言の一部地域や、肥筑方言のうちの佐賀県唐津市のごく一部と、壱岐・対馬の方言などに聞かれるだけです。
動詞・形容詞のウ音便形は九州方言で広く聞かれます。ウトータ(歌った)・コータ(買った)・アコー(赤く)・シロー(白く)・・・・・のようになり、薩隅方言では、ウトタ・コタ・アコ・シル・・・・・のように短く発音されます。
バ行やマ行にもウ音便があって、ヨーダ(呼んだ・読んだ)、トーダ(飛んだ)なども広く聞かれます。都城市から鹿児島県にかけて「飛んだ」がツダとなるのもウ音便から変化したものです。この他、サ行イ音便の残存、「借りる・足りる」などをカル・タルのように四段活用で用いることなども特徴的でしょう。エー書かん・エ書かん(書けない)といった不可能表現は、西部方言とも通じる点です。
目的格「を」を表す助詞にバを使用するという点以外でも、方向を示す助詞に肥築方言でサン・サ二ャー系、豊日方言でサネ・シネ系、薩隅方言でサメ・セ系の語が用いられ、東北方言で方向を示す助詞サとの共通点が見出されます。ともにかつての京都で平安時代から鎌倉時代にかけて使用された「さまに・さまへ」という形に由来しています。
以上のように九州方言は、音韻・アクセント・文法の面でもかなりの特色が目立つ方言と言えます。その中には奥羽(東北)方言や八丈島方言などと通じる点もいくらかあります。また、方言周圏論的な面で、辺地の奥羽方言と九州方言とが似ている面のあることも否定できませんが、それよりも地理的に近く、交通や文化の交流が行われた西部方言との間に多くの点で近似性が見出されます。
『これが九州方言の底力!』は、多くの執筆陣によってなされた九州方言における最新の研究結果の賜物です。
これまであまり気にすることのなかった終助詞「~バイ」と「~タイ」の使い分けなどは、いざ説明を求められるとうまく説明できないことが多かったのではと思いますが、この本ではそういった些細な疑問に的確な答えを出してくれます。
九州各地で生まれている若者ことばなどにも焦点を当てて、多角的に九州方言を扱っている点で非常に好感が持てます。
このようなスタイルで他地域の方言書が出版されれば、方言もますます身近なものとして感じられることと思います。
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